全身の/多発する疼痛
筆者の題名:受診理由としての全身の痛み
🧠 全身の痛みを訴える受診は、特定の解剖学的部位に限定されない広範な痛みの体験を記録したものである。 痛み自体の定義や機序は疼痛、持続する広範痛の概念は慢性広範痛が扱う。
痛みの体験そのものは、潜在的または実際の組織損傷に伴う不快な感覚・情動体験であり、個人の表現や生物・心理・社会的要因によって影響を受ける1。全身や多発部位の痛みを理由とする受診の記録は、特定の原因疾患の確定を意味しない。
診療先による記録と診断分布の読み方
受診理由としての全身痛(モジュール1055)は、診療所(プライマリケア・専門科)と救急外来で記録の現れ方が大きく異なる。診療所では受診理由として集計の提示基準を満たす第一診断カテゴリが抽出されていないのに対し、救急外来では多様なカテゴリが記録されている。
| 診療先 | 第一診断の集計状況 | 読み方の限界 |
|---|---|---|
| 診療所(プライマリケア・専門科) | 提示基準を満たすカテゴリなし | 疾患が存在しないことや頻度が稀であることを意味しない |
| 救急外来 | 感染症、鎌状赤血球障害、軟部組織障害、部位別疼痛など多岐にわたる | 全身痛の最終診断ではなく、受診時の記録に基づく集計である |
救急外来で記録される第一診断には、ウイルス感染症、軟部組織障害だけでなく、胸部・咽頭痛や腹痛・骨盤痛といった局所疼痛コード、あるいは感染曝露や未実施処置に関する分類が含まれる。これらは救急外来という診療の場で記録された受診時診断の反映であり、単一の病態を直接指し示すものではない。
記録の解釈と器質的疾患・慢性疼痛の切り分け
受診理由としての「体中が痛い」「あちこち痛む」という訴えは、痛みの持続期間(急性か慢性か)や解剖学的な主座(骨痛、関節痛、筋肉痛、神経障害性疼痛など)を特定していない。
- 持続する骨痛や血液・骨腫瘍の切り分け: 広範な痛みの訴えの中に持続する骨痛が含まれる場合、年齢に応じた器質的疾患の評価が必要となる。60歳以上で持続する骨痛(特に背部痛)や原因不明の骨折がある場合は多発性骨髄腫の評価として血算・カルシウム・赤沈または血漿粘度・パラプロテイン・遊離軽鎖の検査が推奨され、小児・若年者で持続または原因不明の骨痛がある場合は白血病に対する非常に迅速な血算や骨肉腫に対する非常に迅速なX線検査が検討される2。
- 慢性疼痛の分類と診断基準: 持続的な痛みとして捉える場合、国際疼痛分類(ICD-11)では3か月を超える持続や反復をもって慢性疼痛と定義され、痛みの病態そのものが主たる慢性一次性疼痛と、他疾患に伴う慢性二次性疼痛に整理される3。また、広範囲に及ぶ慢性の筋骨格痛を評価する枠組みとして線維筋痛症などの概念が存在するが、その診断基準では痛みの領域や重症度、期間などの明確な条件が設定されており、他の重要な疾患の存在を否定するものでもない4。受診理由に「全身痛」が記録されていることのみをもって直ちに特定の慢性広範痛症候群へ結びつけることはできない。
見逃し時の損失が大きい状態
頻度の高さではなく、見逃したときの損害と判断までの猶予で選んだ項目です。確率は併記しません。対応は、各ガイドラインが明示している内容だけを書いています。
- 当日
小児・若年者で、持続するまたは原因不明の骨痛(あるいは蒼白、持続する疲労、原因不明の発熱、原因不明の持続性感染、全身性リンパ節腫脹、原因不明の皮下出血・出血のいずれか)がある
白血病骨肉腫白血病の評価として非常に迅速な全血球計算(very urgent full blood count)を提供する(勧告1.10.3)。原因不明の点状出血または肝脾腫がある小児・若年者は直ちに専門的評価へ紹介する(勧告1.10.2)。また、小児・若年者で原因不明の骨腫脹または骨痛がある場合は、骨肉腫の評価として非常に迅速な直接アクセスX線検査を検討する(勧告1.11.3)。英国のプライマリケア向けがん疑い紹介指針に基づく。
- 早期
60歳以上で、持続する骨痛(特に背部痛)または原因不明の骨折がある
多発性骨髄腫多発性骨髄腫の評価として、全血球計算、カルシウム、血漿粘度または赤沈、血清蛋白電気泳動によるパラプロテイン、および血清遊離軽鎖(利用できない場合は尿中ベンス・ジョーンズ蛋白)の検査を提供し(勧告1.10.4)、血液検査の結果が骨髄腫を示唆する場合はがん疑い紹介経路(suspected cancer pathway referral)で紹介する(勧告1.10.5)。「体中が痛い」という広範な訴えの中に持続する骨痛や背部痛が含まれていないかを確認する。英国のプライマリケア向けがん疑い紹介指針に基づく。
場ごとの事前分布
主な受診理由(RFV1)としてこの訴えが記録された受診の、第一診断(DIAG1)の分布です。診断は ICD-10-CM の 3 桁カテゴリで、受診時の記録です。95% 信頼区間を括弧に示します。順位は標本誤差で入れ替わりうるため、 点推定の大小だけで読まないでください。
pie showData title 救急外来:第一診断の内訳(%) "U07 Emergency use of U07" : 10.6 "R10 Abdominal and pelvic pain" : 5.3 "M79 Other and unspecified soft ti…" : 4.0 "B34 Viral infection of unspecifie…" : 3.4 "D57 Sickle-cell disorders" : 2.5 "その他(上位以外・抑制を含む)" : 74.3
救急外来(非加重 481 件)。提示基準を満たした上位の診断だけを描き、残りは「その他」にまとめています。
| 受診時診断(ICD-10-CM 3 桁) | 診療所(プライマリケア) | 診療所(専門科) | 救急外来 |
|---|---|---|---|
U07Emergency use of U07 | — | — | 10.6%5.2–18.5 |
R10Abdominal and pelvic pain | 抑制 | — | 5.3%2.9–8.7 |
M79Other and unspecified soft tissue disorders, not elsewhere classified | — | 抑制 | 4.0%2.2–6.5 |
B34Viral infection of unspecified site | — | — | 3.4%1.6–6.2 |
D57Sickle-cell disorders | — | — | 2.5%1.2–4.5 |
Z53Persons encountering health services for specific procedures and treatment, not carried out | — | — | 2.3%1.1–4.4 |
Z20Contact with and (suspected) exposure to communicable diseases | — | — | 2.1%0.6–5.0 |
R07Pain in throat and chest | — | — | 1.8%0.6–4.0 |
| この訴えが記録された受診数(非加重) | 32 | 31 | 481 |
| 調査年 | 2018・2019 | 2018・2019 | 2019・2020・2021・2022 |
Tier A: 米国 NCHS の公開マイクロデータ(NAMCS・NHAMCS ED)を複合標本設計で集計。受診単位。 「—」はその場の上位の診断に入っていないこと、「抑制」は NCHS の提示基準を満たさないため値を表示しないことを表します。 標準誤差・信頼区間は、匿名化のためにマスクされた公開版の設計変数による推定です。
併せて記録された受診理由
この訴えが(5 枠のどこかに)記録された受診で、同時に記録された受診理由の上位です。記録されていないことは、陰性だったことを意味しません。記録枠・患者の自発的な訴え・記録者の選択に左右されるため、問診の優先順位として読まないでください。
救急外来
- RVC 1010Fever23.3%(20.3–26.4)非加重 390 件
- U07Emergency use of U0716.6%(9.2–26.7)
- B34Viral infection of unspecified site10.3%(6.3–15.6)
- J06Acute upper respiratory infections of multiple and unspecified sites9.3%(6.0–13.8)
- RVC 1440Cough22.5%(19.1–26.3)非加重 387 件
- U07Emergency use of U0718.0%(11.5–26.2)
- J06Acute upper respiratory infections of multiple and unspecified sites12.8%(9.0–17.4)
- B34Viral infection of unspecified site7.2%(4.2–11.5)
- RVC 1210Headache, pain in head13.5%(11.4–15.8)非加重 246 件
- U07Emergency use of U0717.3%(11.1–25.1)
- B34Viral infection of unspecified site11.9%(6.6–19.1)
- RVC 1545Stomach and abdominal pain, cramps and spasms10.3%(8.5–12.3)非加重 205 件
- R10Abdominal and pelvic pain32.3%(23.5–42.1)
この表が動く条件
上の分布を単独で一般化させないための節です。事前確率が大きく動く要因を挙げます。
- 受診先の設定
- 診療所では提示基準を満たす第一診断がなく、救急外来でのみ複数の診断カテゴリが集計されています。診療の場による患者群の違いを反映しています。
- 併せて記録された受診理由
- 発熱や倦怠感、局所の疼痛などが併記されている場合、受診時診断の構成が変わります。ただし未記録であることは症状の欠如を意味しません。
- 痛みの持続期間と主座
- 急性か3か月以上の慢性か、また筋肉・関節・骨・内臓のどこに主座があるかによって疑われる病態は異なりますが、受診理由コード単独からは特定できません。
- 調査対象地域と背景
- 米国救急外来のデータであり、鎌状赤血球障害など地域・人種特性が強く反映される疾患カテゴリが含まれます。
- 調査年と流行性疾患
- 救急外来のデータにはCOVID-19関連コードなど特定時期の感染症流行が反映されており、単年ごとの変動は示されていません。
他地域へ移すときの限界
- 米国の救急外来における集計結果であり、プライマリケア中心の日本やハンガリーの一般診療へそのまま外挿することはできません。
- 診療所で提示基準を満たす診断カテゴリがないことは、その場において該当する疾患の頻度が極めて低いことの証拠ではありません。
- 鎌状赤血球障害のように人種的・地域的頻度が大きく偏る疾患が第一診断に含まれており、疾患分布の移植性は検証されていません。
参考文献・資料
- 1.The revised International Association for the Study of Pain definition of pain: concepts, challenges, and compromises(PAIN(International Association for the Study of Pain)・2020)PMC全文(PMC7680716)で、2020年の改訂定義「実際の、または潜在的な組織損傷に伴う、あるいはそれに似た、不快な感覚的・情動的体験」と、付記(痛みは生物・心理・社会的要因に影響される個人的体験であること、痛みと侵害受容は別の現象で感覚ニューロンの活動だけから痛みを推し量れないこと、痛みの訴えは尊重されるべきこと、言葉での表現は痛みを表す行動の一つにすぎず意思を伝えられないことは痛みの存在を否定しないこと)を確認した。閲覧 2026-09-28
- 2.Suspected cancer: recognition and referral(National Institute for Health and Care Excellence・2026)NICE公式サイト(2026年4月15日更新版)の勧告1.10.2〜1.10.5および1.11.3の本文で、60歳以上で持続する骨痛(特に背部痛)または原因不明の骨折がある場合は骨髄腫の評価として全血球計算・カルシウム・血漿粘度または赤沈・血清蛋白電気泳動によるパラプロテイン・血清遊離軽鎖(利用できない場合は尿中ベンス・ジョーンズ蛋白)の検査を提供し(1.10.4)、結果が骨髄腫を示唆すればがん疑い紹介経路で紹介すること(1.10.5)、小児・若年者で持続するまたは原因不明の骨痛・蒼白・持続する疲労・原因不明の発熱・原因不明の持続性感染・全身性リンパ節腫脹・原因不明の紫斑または出血のいずれかがある場合は白血病の評価として非常に迅速な全血球計算を提供し(1.10.3、原因不明の点状出血または肝脾腫があれば直ちに専門的評価へ紹介[1.10.2])、原因不明の骨腫脹または骨痛がある小児・若年者では骨肉腫の評価として非常に迅速な直接アクセスX線検査を検討すること(1.11.3)を確認した。書誌URLは既存の同一資料の登録(NCBI Bookshelf)に揃え、本文はNICE公式サイトで確認した。閲覧 2026-10-16
- 3.Chronic pain as a symptom or a disease: the IASP Classification of Chronic Pain for the International Classification of Diseases (ICD-11)(PAIN(International Association for the Study of Pain)・2019)抄録(PMID 30586067)で、ICD-11の慢性疼痛分類が慢性疼痛を3か月を超えて持続または反復する痛みと定義し、線維筋痛症や非特異的腰痛のように痛みそのものを疾患とみなす群を慢性一次性疼痛、慢性がん関連疼痛・慢性神経障害性疼痛・慢性二次性内臓痛・慢性外傷後および術後疼痛・慢性二次性頭痛と口腔顔面痛・慢性二次性筋骨格系疼痛の6群を慢性二次性疼痛とすることを確認した。閲覧 2026-09-28
- 4.Diagnostic Criteria for Fibromyalgia: Critical Review and Future Perspectives(Journal of Clinical Medicine・2020)2016年改訂基準が、①5領域(4象限と体軸)のうち4領域以上の全般性疼痛(顎・胸部・腹部の痛み、頭痛、顔面痛は領域の定義に含めない)、②同程度の症状が3か月以上持続、③広範囲疼痛指数7以上かつ症状重症度5以上、または広範囲疼痛指数4〜6かつ症状重症度9以上、④他の診断の有無にかかわらず線維筋痛症の診断は有効で、他の重要な疾患の存在を否定しない、の4条件からなること。広範囲疼痛指数は19部位(0〜19点)、症状重症度は疲労・起床時の非回復感・認知症状(各0〜3点)と身体症状の点数(0〜3点)の合計(0〜12点)であること、2010年基準では広範囲疼痛指数3〜6かつ症状重症度9以上だったこと、ACRが公式に認めているのは1990年と2010年の基準だけであることを確認した閲覧 2026-09-29