その他の胸痛
筆者の題名:受診理由としての胸痛
🧠 受診理由としての胸痛は、「胸痛という症状」ではなく「胸の痛みや苦しさを訴えて受診した」という記録である。 受診時に記録された診断の分布を扱い、症状ノートの胸痛のような機序や鑑別の整理とは担当が違う。
このノートが持つのは、症状ノートには置けない次の 3 つに限る。
- 場ごとの分布: 診療所と救急外来は別の集団であり、混ぜない
- 併せて記録された受診理由: 記述統計であり、問診の優先順位ではない
- 地域への移植性の限界
胸痛では、「見逃し時の損失が大きい状態」の表を頻度の表とは別の軸として読む。この表が引いている勧告のうち、受診時の評価で具体的な時間が書かれているのは心電図だけで、大動脈解離の外科的介入や肺塞栓症の抗凝固は「直ちに」「遅れず」と書かれ、分数は示されていない。
表の診断の欄に、症状コード(R07 など)が上位に並ぶことがある。これは受診時点で原因診断が付いていない受診が多いことを反映していて、原因疾患の頻度ではない。
肺塞栓症の抗凝固は、臨床確率が高いか中等度の場合の勧告である。大動脈解離の可能性がある胸痛では、抗血栓薬を投与する前に鑑別するという症状ノートの注意と併せて読む。
ICPC では A11・K02・L04 が分かれるが、NCHS の受診理由分類では同じモジュールに記録される。区別せずに集計しているため、これらのコードの統計は重なる。
見逃し時の損失が大きい状態
頻度の高さではなく、見逃したときの損害と判断までの猶予で選んだ項目です。確率は併記しません。対応は、各ガイドラインが明示している内容だけを書いています。
- 即時
急性の胸痛(場所を問わず)。診療所で急性冠症候群などの生命を脅かす原因の臨床的根拠がある場合を含む
急性冠症候群急性胸痛の全例で、場所を問わず、到着から 10 分以内に 12 誘導心電図を取得して STEMI の有無を判読する。診療所で急性冠症候群などの臨床的根拠がある患者は、救急外来へ(できれば救急車で)緊急に搬送する。トロポニン測定などの診断検査のために、診療所から救急外来への搬送を遅らせることは避ける。
到着から 10 分以内に心電図(ESC は最初の医療接触から目標 10 分未満)根拠:2021 AHA/ACC/ASE/CHEST/SAEM/SCCT/SCMR G… / 2023 ESC Guidelines for the management … - 即時
突然発症の激しい胸痛・背部痛(引き裂かれるような痛み)。特に高血圧、既知の二尖大動脈弁または大動脈の拡大がある場合
急性大動脈症候群(大動脈解離)大動脈解離が疑われる急性胸痛では、診断と治療計画のために CT 血管造影を行う(CT が禁忌・利用不能なら経食道心エコーまたは心臓 MRI)。急性 A 型解離が疑われる、または確定した場合は、緊急の外科的評価と直ちの外科的介入が勧告されている。
- 即時
息切れに続く胸痛(特に胸膜性)、頻脈、前失神・失神、喀血。血行動態の不安定
肺塞栓症血行動態が不安定な高リスク肺塞栓症が疑われる場合は、床旁心エコーまたは緊急の CT 肺動脈造影で診断し、未分画ヘパリンの静注を遅れず開始する。血行動態が安定していても、診断の検査中に、臨床確率が高いか中等度であれば抗凝固療法を遅れず開始する。
- 即時
嘔吐を伴う胸痛に、皮下気腫、または片側の呼吸音の低下・消失を伴う
食道破裂胸痛ガイドラインは、直ちに生命を脅かす非血管性の原因として食道破裂を挙げ、生命を脅かす状態では最適な管理を迅速に始めることを優先事項としている。食道破裂について、個別の診断・対応の勧告は示していない。
- 即時
吸気時の痛みと息切れに、片側の呼吸音の消失を伴う
気胸(緊張性気胸を含む)胸痛ガイドラインは、気胸が胸膜性胸痛と片側の呼吸音の消失を伴いうると述べ、緊張性気胸を直ちに生命を脅かす非血管性の原因として挙げている。気胸・緊張性気胸について、個別の診断・対応の勧告は示していない。緊張性かどうかを見分ける所見は、このガイドラインには書かれていない。
場ごとの事前分布
主な受診理由(RFV1)としてこの訴えが記録された受診の、第一診断(DIAG1)の分布です。診断は ICD-10-CM の 3 桁カテゴリで、受診時の記録です。95% 信頼区間を括弧に示します。順位は標本誤差で入れ替わりうるため、 点推定の大小だけで読まないでください。
この訴えは NCHS の受診理由分類では他の ICPC コード(K02・L04)と同じモジュールに 記録されます。区別せずに集計しているため、これらのコードの統計は重なっています。
pie showData title 救急外来:第一診断の内訳(%) "R07 Pain in throat and chest" : 56.9 "I21 Acute myocardial infarction" : 2.9 "R10 Abdominal and pelvic pain" : 2.4 "F41 Other anxiety disorders" : 1.8 "R00 Abnormalities of heart beat" : 1.4 "その他(上位以外・抑制を含む)" : 34.6
救急外来(非加重 3,383 件)。提示基準を満たした上位の診断だけを描き、残りは「その他」にまとめています。
| 受診時診断(ICD-10-CM 3 桁) | 診療所(プライマリケア) | 診療所(専門科) | 救急外来 |
|---|---|---|---|
R07Pain in throat and chest | 抑制 | 抑制 | 56.9%54.2–59.6 |
I21Acute myocardial infarction | — | — | 2.9%2.1–3.9 |
R10Abdominal and pelvic pain | 抑制 | — | 2.4%1.6–3.5 |
F41Other anxiety disorders | — | — | 1.8%1.2–2.6 |
R00Abnormalities of heart beat | — | — | 1.4%0.9–2.0 |
K21Gastro-esophageal reflux disease | — | — | 1.4%0.9–2.0 |
I48Atrial fibrillation and flutter | 抑制 | — | 1.3%0.8–2.0 |
M94Other disorders of cartilage | — | — | 1.3%0.8–1.9 |
J18Pneumonia, unspecified organism | — | — | 1.2%0.7–1.7 |
I10Essential (primary) hypertension | 抑制 | 抑制 | 1.1%0.6–1.9 |
| この訴えが記録された受診数(非加重) | 23 | 44 | 3,383 |
| 調査年 | 2018・2019 | 2018・2019 | 2019・2020・2021・2022 |
Tier A: 米国 NCHS の公開マイクロデータ(NAMCS・NHAMCS ED)を複合標本設計で集計。受診単位。 「—」はその場の上位の診断に入っていないこと、「抑制」は NCHS の提示基準を満たさないため値を表示しないことを表します。 標準誤差・信頼区間は、匿名化のためにマスクされた公開版の設計変数による推定です。
併せて記録された受診理由
この訴えが(5 枠のどこかに)記録された受診で、同時に記録された受診理由の上位です。記録されていないことは、陰性だったことを意味しません。記録枠・患者の自発的な訴え・記録者の選択に左右されるため、問診の優先順位として読まないでください。
救急外来
- RVC 1415Shortness of breath22.9%(21.3–24.6)非加重 1,202 件
- R07Pain in throat and chest35.1%(31.0–39.3)
- R06Abnormalities of breathing6.9%(5.2–8.9)
- U07Emergency use of U073.1%(2.0–4.7)
- RVC 1440Cough9.3%(8.1–10.6)非加重 503 件
- R07Pain in throat and chest19.5%(15.5–24.1)
- R05Cough7.6%(4.6–11.6)
- J06Acute upper respiratory infections of multiple and unspecified sites7.6%(4.7–11.5)
- RVC 1545Stomach and abdominal pain, cramps and spasms7.4%(6.3–8.5)非加重 369 件
- R10Abdominal and pelvic pain24.6%(18.7–31.2)
- R07Pain in throat and chest17.2%(12.6–22.5)
- K21Gastro-esophageal reflux disease3.2%(1.4–6.3)
- RVC 1525Nausea6.5%(5.6–7.4)非加重 347 件
- R07Pain in throat and chest42.3%(36.0–48.9)
- R10Abdominal and pelvic pain11.1%(6.1–17.9)
この表が動く条件
上の分布を単独で一般化させないための節です。事前確率が大きく動く要因を挙げます。
- 年齢層
- 原因の構成が最も大きく動く軸です。この表は年齢で層別していません。
- 併せて記録された受診理由
- 息切れ・咳・腹痛・悪心が同時に記録された受診の診断分布を、併存の表に別に示します。主訴のみの場合と差があるかは、信頼区間で確認してください。記録されていないことは陰性を意味しません。
- 既往・危険因子
- 高血圧、大動脈の既往・拡大、心血管疾患の既往、血栓症の危険因子の有無で、疑う状態の確からしさは変わります。この表はこれらを条件にしていません。
- 場(受診先)
- 診療所で急性冠症候群などの臨床的根拠がある患者は、救急外来へ緊急に搬送することが勧告されています(AHA/ACC 2021)。診療所の列で値が抑制されることは、胸痛の患者が少ないことと、搬送されて診療所の外で診断されることの両方を反映しえます。
- 調査年
- 救急外来のプール値(2019〜2022 年)には COVID-19 の流行期が含まれます。単年の値は示していません。
他地域へ移すときの限界
- 米国の救急外来の受診構造(救急車の利用、救急外来への直接受診の位置づけ)は、日本・ハンガリーと異なる可能性があります。救急外来の列をそのまま当てはめないでください。
- 日本の診療所と病院の患者構成は、米国の診療所の列と一致するとは限りません。移植性は未検証です。
- ハンガリーについては、同じ集計の実測を確認していません。
参考文献・資料
- 1.2021 AHA/ACC/ASE/CHEST/SAEM/SCCT/SCMR Guideline for the Evaluation and Diagnosis of Chest Pain: A Report of the American College of Cardiology/American Heart Association Joint Committee on Clinical Practice Guidelines(American Heart Association / American College of Cardiology・2021)全文を確認した(出版社ページは取得できず、公開アーカイブ版の PDF による)。急性胸痛では場所を問わず到着から 10 分以内に心電図を取得して STEMI を判読すること(勧告 COR 1、2.3.1)、診療所で ACS などの生命を脅かす原因の臨床的根拠がある患者は救急外来へ(できれば救急車で)緊急に搬送すること、急性大動脈症候群が疑われる場合の CT 血管造影、肺塞栓症が疑われる場合の CT 肺動脈造影、生命を脅かす原因として ACS・大動脈解離・肺塞栓症・食道破裂・緊張性気胸を列挙していることを確認した。閲覧 2026-10-15
- 2.2023 ESC Guidelines for the management of acute coronary syndromes(European Society of Cardiology・2023)全文を確認した。ACS が疑われる患者では、最初の医療接触の時点でできるだけ早く 12 誘導心電図を記録・判読し、目標は 10 分未満(Class I、Level B)であることを確認した。閲覧 2026-10-15
- 3.2022 ACC/AHA Guideline for the Diagnosis and Management of Aortic Disease: A Report of the American Heart Association/American College of Cardiology Joint Committee on Clinical Practice Guidelines(American Heart Association / American College of Cardiology・2022)全文を確認した。急性大動脈症候群が疑われる患者の初期画像診断は CT を推奨すること、急性 A 型解離が疑われる、または確定した患者では緊急の外科的評価と直ちの外科的介入を推奨することを確認した。閲覧 2026-10-15
- 4.2019 ESC Guidelines for the diagnosis and management of acute pulmonary embolism developed in collaboration with the European Respiratory Society (ERS)(European Society of Cardiology / European Respiratory Society・2019)全文を確認した。肺塞栓症は息切れ・胸痛・前失神または失神・喀血のある患者で疑うこと、血行動態が不安定な高リスク肺塞栓症が疑われる場合は床旁心エコーまたは緊急の CT 肺動脈造影で診断し、未分画ヘパリンの静注を遅れず開始すること、血行動態が安定していても、臨床確率が高いか中等度であれば診断の検査中に抗凝固療法を遅れず開始すること(いずれも Class I、Level C)を確認した。閲覧 2026-10-15