性交時の疼痛
筆者の題名:受診理由としての性交時の疼痛
🧠 受診理由としての性交時の疼痛は、痛みの局在や性状にかかわらず「性交時の痛みを訴えて受診した」という記録である。 臨床的な病態機序や分類は性交痛および深部性交痛が担当する。
診断分布の読み方と注意点
受診理由として性交時の疼痛が記録された場合、その訴えが表在性の局所的な痛みなのか、骨盤腔の深部の痛みなのかによって想定される病態は大きく異なる。しかし、受診理由コード単独ではその解剖学的な局在までは特定されない。
提示される統計集計を見る際には、以下の前提に留意する必要がある。
- 集計単位の特性: 本集計は「1765 その他の腟の症状」としてその他の腟症状(X15)と共有された集計モジュールに基づいているため、性交痛単独の受診者集団を直接反映した分布ではない。
- 診断カテゴリの解釈: 集計に現れる診断カテゴリは受診時に臨床的に付与された記録であり、最終的な原因疾患が確定したことと同義ではない。
- 併記記録の意味: ほかの症状が併記されていない記録であっても、その症状が存在しなかった(陰性所見である)ことを証明するものではない。
診療先による記録の違いと臨床的確認
受診理由集計において、受診先の特性によって記録される診断の現れ方が異なる。
| 診療の場 | 診断カテゴリの提示状況 | 読み方の留意点 |
|---|---|---|
| 診療所(プライマリケア・専門科) | 提示基準を満たす第一診断カテゴリなし | 基準を満たすカテゴリがないことは、該当する疾患の頻度が極めて稀であることを意味しない |
| 救急外来 | 外陰腟炎や感染症曝露関連のカテゴリが提示 | 急性症状の精査や感染への懸念を背景とした受診記録が含まれ、共有モジュール(1765)全体の救急受診を反映している |
性交痛を主訴とする病態には、外陰・腟の局所病変だけでなく、骨盤底筋群の緊張性疼痛、閉経関連泌尿生殖器症候群1、持続的な外陰痛症候群2、あるいは子宮内膜症3や軽微な症状のみを呈する骨盤内炎症性疾患4といった骨盤腔内の病変まで多様な広がりがある。特に性的活動のある若年女性やSTIリスクのある女性で骨盤痛・下腹部痛を伴い内診で子宮頸部移動痛・子宮圧痛・付属器圧痛のいずれかを認める場合は骨盤内炎症性疾患の推定治療や重症例での入院適応を判断し4、診察で骨盤・腹部腫瘤や外陰・腟・子宮頸部の器質的病変を認めた場合は悪性腫瘍の評価・紹介を検討する必要がある5。
見逃し時の損失が大きい状態
頻度の高さではなく、見逃したときの損害と判断までの猶予で選んだ項目です。確率は併記しません。対応は、各ガイドラインが明示している内容だけを書いています。
- 当日
骨盤内炎症性疾患(PID)が疑われ、外科的緊急疾患(虫垂炎など)が除外できない、卵管卵巣膿瘍がある、妊娠している、重症感・悪心嘔吐・口腔温38.5℃超がある、外来経口治療の遵守・忍容ができない、または経口抗菌薬に臨床的反応がない
重症・複雑性の骨盤内炎症性疾患卵管卵巣膿瘍外科的緊急疾患入院および非経口抗菌薬治療の適応として評価する(CDC STIガイドライン2021)。なお、性的活動のある若年女性やSTIリスクのある女性で骨盤痛または下腹部痛があり、他の原因が特定されず、内診で子宮頸部移動痛・子宮圧痛・付属器圧痛のうち1つ以上を認める場合は、3項目すべての併存を待たずにPIDの推定治療を開始する。
- 早期
身体診察で腹水および/または骨盤・腹部腫瘤(明らかに子宮筋腫であるものを除く)を認める、あるいは診察で子宮頸癌に一致する子宮頸部外観、原因不明の外陰腫瘤・潰瘍・出血、または腟内・腟入口部の原因不明の触知可能な腫瘤を認める
卵巣癌子宮頸癌外陰癌腟癌腹水または明らかに子宮筋腫ではない骨盤・腹部腫瘤を認める場合はがん疑い紹介経路(suspected cancer pathway referral)で紹介し(勧告1.5.1)、子宮頸癌に一致する頸部外観(勧告1.5.16)、原因不明の外陰腫瘤・潰瘍・出血(勧告1.5.17)、腟内・腟入口部の原因不明の触知可能な腫瘤(勧告1.5.18)ではがん疑い紹介経路での紹介を検討する。英国のプライマリケア向けがん疑い紹介指針に基づく。
場ごとの事前分布
主な受診理由(RFV1)としてこの訴えが記録された受診の、第一診断(DIAG1)の分布です。診断は ICD-10-CM の 3 桁カテゴリで、受診時の記録です。95% 信頼区間を括弧に示します。順位は標本誤差で入れ替わりうるため、 点推定の大小だけで読まないでください。
この訴えは NCHS の受診理由分類では他の ICPC コード(X15)と同じモジュールに 記録されます。区別せずに集計しているため、これらのコードの統計は重なっています。
| 受診時診断(ICD-10-CM 3 桁) | 診療所(プライマリケア) | 診療所(専門科) | 救急外来 |
|---|---|---|---|
N76Other inflammation of vagina and vulva | 抑制 | — | 27.0%17.1–39.0 |
Z20Contact with and (suspected) exposure to communicable diseases | — | — | 2.0%0.5–5.2 |
| この訴えが記録された受診数(非加重) | 19 | 1 | 128 |
| 調査年 | 2018・2019 | 2018・2019 | 2019・2020・2021・2022 |
Tier A: 米国 NCHS の公開マイクロデータ(NAMCS・NHAMCS ED)を複合標本設計で集計。受診単位。 「—」はその場の上位の診断に入っていないこと、「抑制」は NCHS の提示基準を満たさないため値を表示しないことを表します。 標準誤差・信頼区間は、匿名化のためにマスクされた公開版の設計変数による推定です。
併せて記録された受診理由
この訴えが(5 枠のどこかに)記録された受診で、同時に記録された受診理由の上位です。記録されていないことは、陰性だったことを意味しません。記録枠・患者の自発的な訴え・記録者の選択に左右されるため、問診の優先順位として読まないでください。
救急外来
- RVC 1760Vaginal discharge24.1%(17.8–31.4)非加重 66 件
- N76Other inflammation of vagina and vulva19.3%(10.4–31.4)
- RVC 1650Painful urination13.5%(8.6–19.9)非加重 40 件
この表が動く条件
上の分布を単独で一般化させないための節です。事前確率が大きく動く要因を挙げます。
- 痛みの局在(表在性と深部性)
- 腟入口部などの表在性の訴えと骨盤奥などの深部性の訴えでは背景病態が異なりますが、受診理由の記録上は同一コードに包括されることがあります。
- 集計モジュールの完全共有(1765)
- 米国NCHSの受診理由分類では「1765 その他の腟の症状」としてその他の腟症状(X15)と集計枠を完全に共有しているため、性交痛単独の診断分布とは一致しません。
- 診療先の受診経路
- 救急外来と一般診療所では受診の動機や受診経路が異なるため、診断カテゴリの記録内容に隔たりが生じます。
- 併記された受診理由の有無
- 帯下や骨盤痛などが併せて記録されているかで疑われる疾患群が変わりますが、未記録が陰性を意味するわけではありません。
- 患者の年齢や生殖可能状態
- 閉経期、授乳期、若年期など性ステロイド環境や生活背景の違いによって鑑別の比重が変化します。
他地域へ移すときの限界
- 米国の受診理由・救急外来集計に基づくデータであり、日本の保険医療体制やプライマリケア環境への移植性は未検証です。
- 診療所で提示基準を満たす診断カテゴリが表示されないことをもって、外来診療において原因疾患が存在しない・稀であると判断することはできません。
- 救急外来で記録された診断構成を、一般外来や婦人科外来における性交痛受診患者の全体像として適用することはできません。
参考文献・資料
- 1.Genitourinary syndrome of menopause: new terminology for vulvovaginal atrophy from the International Society for the Study of Women's Sexual Health and the North American Menopause Society(Maturitas / ISSWSH・NAMS 用語コンセンサス会議・2014)PubMed の抄録(PMID 25179577)で確認した。閉経関連泌尿生殖器症候群はエストロゲンなど性ステロイドの低下に伴う大小陰唇・陰核・前庭/腟入口部・腟・尿道・膀胱の変化による症状と徴候の総称で、乾燥・灼熱感・刺激感の性器症状、潤滑不足・不快感や痛み・性機能障害の性的症状、尿意切迫・排尿痛・反復性尿路感染の尿路症状を含みうること、症状は苦痛を伴うもので、ほかの診断でよりよく説明されないことが要件であること。閲覧 2026-09-28
- 2.EAU Guidelines on Chronic Pelvic Pain — Introduction(European Association of Urology・2026)序章の全文で確認した。EAUの慢性骨盤痛の定義は骨盤に関連する構造に知覚される慢性・持続性の痛みで、侵害受容性の痛みが慢性化した場合はICD-11に合わせて3か月以上持続または反復していること、周期性の痛みではより長い6か月超が適切でありうること。一次性外陰痛症候群は明らかな感染や局所病変のない持続性または反復性の外陰痛で、限局型は綿棒などによる点圧迫で部位を再現でき、多くは接触・圧迫・摩擦で誘発されること、一次性骨盤底筋痛症候群は骨盤底筋の過活動やトリガーポイントを伴いうること。閲覧 2026-09-28
- 3.ESHRE guideline: endometriosis(European Society of Human Reproduction and Embryology・2022)Europe PMC の全文(PMC8951218)で、月経困難症・深部性交痛・排尿痛・排便痛・疲労・不妊などの周期性・非周期性の徴候と症状があれば子宮内膜症を考えること(GPP)を確認した。閲覧 2026-09-29
- 4.Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021(Centers for Disease Control and Prevention(MMWR Recommendations and Reports)・2021)全文の骨盤内炎症性疾患(PID)の節で確認した。PIDの一部は無症状で、ほかは異常出血・性交痛・腟分泌物といった軽微で非特異的な症状の意味が認識されずに見逃されること、軽症や無症状のPIDでも不妊のリスクがありうるため臨床診断の閾値を低く保つこと、性的活動のある若年女性やSTIリスクのある女性で骨盤痛または下腹部痛があり他の原因が特定されず内診で子宮頸部移動痛・子宮圧痛・付属器圧痛の最小基準の1つ以上があればPIDの推定治療を開始すること、および外科的緊急疾患(虫垂炎など)が除外できない場合・卵管卵巣膿瘍・妊娠・重症感や悪心嘔吐または口腔温38.5℃超・外来経口治療の遵守または忍容不能・経口抗菌薬治療への臨床的反応不良のいずれかがある場合は入院治療の要否を判断することを確認した。閲覧 2026-10-16
- 5.Suspected cancer: recognition and referral(National Institute for Health and Care Excellence・2026)NICE公式サイト(2026年4月15日更新版)の勧告1.5.1・1.5.16〜1.5.18の本文で、身体診察で腹水および/または骨盤・腹部腫瘤(明らかに子宮筋腫であるものを除く)を認めた場合は婦人科がんサービスへがん疑い紹介経路で紹介すること(1.5.1)、診察で子宮頸部の外観が子宮頸癌に一致する場合は子宮頸癌の疑いとして(1.5.16)、原因不明の外陰腫瘤・潰瘍・出血がある場合は外陰癌の疑いとして(1.5.17)、腟内または腟入口部に原因不明の触知可能な腫瘤がある場合は腟癌の疑いとして(1.5.18)、それぞれがん疑い紹介経路(suspected cancer pathway referral)での紹介を検討することを確認した。書誌URLは既存の同一資料の登録(NCBI Bookshelf)に揃え、本文はNICE公式サイトで確認した。閲覧 2026-10-16